大寅興行社の見世物小屋(2008年10月)ーKounosu氏撮影(詳細は最下部)
※本コラムでは明治時代以降の近代興行についてのみ触れます。
あなたは見世物小屋というものをご存知でしょうか。一般に見世物小屋というのは主にお祭りなどで、「不思議」であったり「おどろおどろしい」であったりといった感情を想起させるために様々な仕掛けを駆使して行う興行のことです。時には卑猥であったり、グロテスクであったりというものまで演出するため怖い場所というイメージをお持ちの方もいるかもしれません。
最近は時代の煽りを受けて、「騒がしい」「インチキ臭い」「道徳観、倫理観に欠ける」等の理由でめっきり見かけなくなってしまいました。
しかしそんな日本の見世物小屋ですが、私は若干の憧れを持っています。なんというか和風お化け屋敷とは違う、「怖いものみたさ」という感情と「和の趣が見せる雰囲気」がうまい具合に混ざり合ってとても心惹かれるんですよね。
ですから今回は「見世物小屋ってなんか良いよね」って話を20代の視点からしたい思います。
前座:見世物小屋に惹かれるわけ
見世物小屋に惹かれるわけとは?−筆者個人の意見としては前述した「怖いものみたさ」と「和のテイスト」が調和しているということでしたが、もう少し詳しく考えてみようと思います。
その実、この見出しに対する答えは今と昔では少し異なるかもしれません。
というのも見世物小屋が興行として扱われ始め、人が集まる機会に多くの場所で催されていた頃の感覚としては、現代で言う所のサーカスや大道芸と変わらないからです。
世の中にありふれているものであれば、そのものの本質だけに興味が集まるため、人々は「驚きたい」「変なものをみたい」といった気持ちだけで見世物小屋という存在を迎えます。
しかし現代では違います。ここにプラスアルファしてさらに「”強い”怖いものみたさ」が付加されるのです。厳密には過去多くの場所で興行されていた見世物小屋を訪れる理由にも「怖いものみたさ」はあったと考えられますが、それよりも“はるかに強い”怖いものみたさです。
そしてこの怖いものみたさの源泉となっているのが、「もう見かけることのなくなった」というレアリティであり、フィクションの中でしか知り得ないというスペシャリティです。これらが過去のものである「見世物小屋像」をより魅力的なものにしているとは考えられないでしょうか。
また「見世物小屋」には昔ながらのお祭りや興行の雰囲気。具体的にはアウトロー・アウトサイダーが大きく関わっていたからこそ出すことができた独特なアジア的様相が色濃く残っているので、このこともまたスペシャリティを増幅させる要因になっていると思われます。
実は近年こう言った見世物小屋が持っている「奇妙さ」「怖いもの見たさ」をアバンギャルドな作品として捉え、発信しているアーティストの方が増えており、このことからも若い世代から支持を得ているのがわかります。
二ツ目:当時の見世物にはどんなものがあったのか?
日本における見世物小屋のこれからについて考える前に、見世物小屋がどんなものだったのかを考えるべきかもしれません。
そこで、現代でも見世物小屋は未だに東南アジアや中国では健在であるということを聞いたので、そのあたりの文献を探して来ました。
南博「近代庶民生活誌17 見世物・縁日」(1994 三一書房)にて、見世物学会顧問も務めていらした俳優・芸能研究者でもある小沢昭一さんが「1980年代に中国の天橋で春節のお祭りを視察した際の回顧録」が載っていたのでここから紹介させてもらうことにします。
ちなみに本当は小沢さんの独特の拍子で述べられているところもこの著書の魅力だと思うので、そのまま引用したいんです。けど、流石にそれだと改めて記事を書く意味が薄れてしまうと思ったので要約して書きます。
春節の祭りは日本でいうところのお正月に当たるものなのですが、中国にはいまなお日本が昭和に置いてきてしまった独特の空気のようなものが残っています。その証拠にものすごい活気と、今では日本じゃ中々お目にかかれない見世物などがたくさんあるのです。
訳のわからない食べ物を売っている露天と並んでいるのが毒々しいネオンと原色を配した門構えの見世物小屋です。題目はかつての日本と同じで「蛇娘」だったり「ろくろっ首」だったり、「双頭の美人」「蜘蛛女」なんてものもあります。看板に偽りアリって感じのいかにもな奴ですね。
そこでおじさんが、大きな胸を大ぴらに広げたお姉ちゃんの絵が描かれた看板を持ちながら元気よく客引きをしているのです。
で、それじゃあ中に入ってみるかと思って入ってみると、看板とは違うケバケバしい服装をしたおじさんが気功みたいなことをやっているのです。何をやってるのかと思いながら見ていると、なんだか客の気を引くためか派手な服装をした綺麗なお姉さんがチラチラと鍋を運んだりするもんだから、次はこの娘さんが出てくるのかと期待して待っちゃうわけです。
とまあこんな具合でしょうか。小沢さんのワクワクが垣間見れる体験レポですね。
これを読む限りスタイルの良い女の子に派手かつ露出の高い服を着せるってのが多いみたいです。きっと日本の見世物なんかもこういうのが多かったのでしょう。障害者の人を雇用するとかってイメージが強いですが、性風俗の業態に近い感じも見て取れますね。と言っても趣向は全く違いますから、そういうところは今の日本では味わえない魅力かもしれません。
とにかくこの訳のわからなさが見世物小屋の醍醐味かもしれませんね。
真打:現代日本に残る見世物小屋
実は日本でもまだ見世物小屋を確認できたりするんですよ。特に都内なんかのお祭りや酉の市なんかでやってたりすることが多いです。
ただ2018年現在になって本当に風前のともし火感が強まっています。10年代前半は割りかししっかり興行していて、いろんな人のブログなどで拝見することができたんですけどね。現代の見世物小屋を見たという記事を写真付きであげてくれている人も多いのですが、今回は連絡が取れなかったので写真の引用は難しかったです。
見世物小屋を運営しているところとして代表的なのは「劇団ゴキブリコンビナート」さんではないでしょうか。
公式HPを見てちょっと気がひける人もいらっしゃるかもしれませんが、見世物興行をする上で欠かせない「おどろおどろしい」感じや「よく意味がわからない感じ」がしっかりと演出として生きている印象を受けます。
ちなみに筆者が見た中だと、ここ数年は表に出てきてくれていないのですが、蛇食い女の演目で出演される「小雪大夫」さんとかがめちゃくちゃ好きですね。妖艶な雰囲気とたたずまいはさることながら、蛇の生き血をすする様子はよく分からない気持ちにさせてくれます。(変な意味ではないです)
〆:見世物小屋という存在
以上、見世物小屋についてでした。
もはやSFの世界と判別がつかなくなってきているほど科学が発達した現代において、大衆の娯楽は多岐にわたるようにはなったものの、エログロ含むお祭りのアンダーグラウンドな世界観は隠されてようとしています。
それをどうこうしようという話を訴えるわけではありませんが、「危険」を匂わせるような興行の存在は疎まれてしまっている現状には一抹の寂しさを感じています。
もし少しでも興味が出たなら、是非「見世物小屋」が開かれるお祭りを探して、行ってみて欲しいと思うのです。そしてそれを友人でも誰でも教えてあげて欲しいと思うのです。
「見世物小屋って行ったことある?ヤバイよw」と。
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